100406

仕事終りに、上野の龜屋で鰻をyamawalkerとtzibと一緒に。サオリリスという単語を聞きながら老舗の鰻を食べるのが格別だった。帰路は自転車で。自転車に乗るようになって、だいぶ生活が変わった気がする。映像論序説をベッドサイドに。

100405

雨がしとしとと降る入学式。yamashirodaisukさん他皆様入学おめでとうございます。

昼飯食べて、チロとジブさんと門前で写真撮ったとき、セブンイレブンの店員さんにシャッター押してもらった。nanacoカードでも作らないかん気がした。

とりあえず固められるやつから固めた。なんとなくオープンできる。大判プリンタは手付かず。

イコライザ つまみを落として それでもと 伝え続ける 声なき声を

100404

起きたら昼ごろで、自分の不摂生不養生を恨んだ。洗濯機の排水溝が詰まるので、パイプクリーナーを買いに薬局へ。ここぞと共用の備品的なものと、自分の身の回りのものを購入。

夕方から知人宅で非B-BOY向け日本語ラップ勉強会へ。何かサイファでもするのか、ポキラップはという周囲の期待をよそに、レア音源囲みつつ、だべる会。なんというか、ザラザラとした情報が飛び交い、僕は久しぶりにこういう生っぽい情報をウィード替わりに吸っているなぁと。吸った事ないけど。

生き方が違いすぎて「友達にはなれない(なってくれないだろう)けど、彼らの言葉が聞けるのが良いよね」って言ってたのがすごくわかるなと思った。解釈とか捉え方の違いを楽しむみたいな。そういうおおらかさが良い。

カレー味っぽいお好み焼き食べて、近況等また交わして、バイして、自転車こいで(隠語ではない)帰宅。誰かにイヤホンを差し出して音楽を聴かせるように柔軟に意見を交わせればいい。ただそれにはまだ、なんだか慈しみが足りないように思う。

そしてJANISの借りたCDどもは翌朝机の下で僕が見つけるまで息を潜めていたのだった。デーム。

100403

対話の時間。何かが整理されつつも解体されていくような。この感覚をなんと表現すればいいか。

写真がなぜこれほど僕の中に残っているのかについて折に触れて考えるのだけれど、写真が言葉よりも先に在るということ、それが世界の複写としてではなく、あくまで僕の中に、写真が、像が、光が、在ることに引かれているのかもしれない。明るい方へ赤子が這うように。冷めた情熱と以前言われたような態度で。

NujabesとDJ KLOCKにR.I.P捧げて虹に針を落すよ

100402

諸手続きを済ませて昼ごろに上野。

インストール周り。個人環境のカスタマイズとは又違う、管理とメンテナンスの効率化。Carbon Copy Clonerとかは普通に便利だと思った。寄らば文殊の知恵。こういう経験を何かで活かせると良いが。いや、まずは個人制作等で。

20数台のmac/winの型番から用途から違う機材のセッティング、すごい大変でした、というかまだちまちまあって終わってない。都営大江戸線に抱かれて帰宅した。

100401

新しい職場に初出勤、東新宿-上野間、自転車で30分くらい。tzibさん曰く割と勾配のあるルートらしいけど、片道で考えても+-ゼロ、トレーニングとしてはいいルートかもしれない。初日ということで事務手続きと、色々仕事の進め方の説明受けたりした。環境整備なんかは初年度に色々と手加えた方がいいんだろうな。

昼はジブランチ、お店教えてもらう。明日は管理するマシンのセットアップをする予定。ガッツリやって最終日はプリンタテストやりたい、というかやらないとやばそう。あまり引継ぎはスムースではなさそう。なぜかウッドデッキあたりにセシル・バルモンドの作品がドコっと置かれていた。

帰りにいわもとQ寄ってそばを。コップのスタンドみたいなものがIKEAのドキュメントフォルダ使ってあってうちのと一緒。

帰宅してロロロライブをちらっと見て、気疲れか眠くなってそのまま就寝。寝ながら電話がかかってきて、人を励ます形式を通じて自分を励ました。

走るプロジェクトが幾つかありつつ、個人制作も進めたり、+授業準備等考えるとそこそこスケジュールが詰まってる気もする。プロジェクト管理、スケジュール管理が今年一年の目標か。ブログも日報感覚でつけていけばいいのかな。たとえ数行でも。

ミルフィーユ みたいに冗談 重ねつつ さりとて嘘は 何一つ無く

100308

この日、会社を退職した。いざデスクトップを前にすると言葉がでてこなくて困るし、業務終了を報告するメール等でも感情の矛先に困った。思い返すと1年半ほどしか働いていなくて、3年でブレイクスルー説を体現することができなかったのが心残りと言えばそうとも言える。逆に言うとそれ以外は感傷もなく、終業のタイムカードも軽やかに切れるかと思っていた(タイムカード制は厳密にはなくなっており、google calendar上で予定を入れたに留まったが)。が実際には少し違っていて。帰り道、線路沿いの下り坂で少しだけ目が潤んだ。次に来ようとしている渋谷方面行きの電車へ急ぎ足で向かった。

帰ってからはお湯をはって風呂につかった。濁ったお湯の中で、すこし気持ちがほどけた。ちゃぷちゃぷと手遊びしながら、人生の有り様はこうまでも一筋縄では行かないものかと苦笑しつつ、自分の取捨選択の奔放さに半ば呆れながら、しかしそれらが何一つ望まぬものではなかったということについては一種の僥倖さえ感じていた。流れてしまった時間に復讐は、さておき、一呼吸置いてしなければならないけれども。

お世話になりました。

100101

何事も無かったかのように、このblogも長い未更新の時間分の行間を開ける事もなく、2010年の年明けを綴ることになった。

家賃を払うことができなかったその日、2009年12月31日の23時の帰宅した段階では全く何一つ個人的に、ディケイド云々にも2009年1年間にも区切りはついておらず、当たり前のように、日々の中の1/365の時間の区切られた瞬間を、借りてきたか買ってきたかした本をパラパラと眺めながら過ごしていた。ふと目に入ったiPhoneの時計が00:24を指していたことを覚えている。いつになく夜は静まりかえっていて、それは大切にしなければならないようなものだったのでその過ぎ去ってしまった、09/10の間の瞬間へ祈るように、目を閉じてしばらく遠くで鳴る何かわからない音を聞いていた。

初夢は、芝刈り機のような形状の一人用ヘリコプターに乗って、華僑の住むビルに潜入するものだった、ミッションは全く覚えておらず、どこか後ろ暗い仕事だったような気もする。朝4時か5時にそのヘリでビルの上空を飛んだ時に、彼らの息子たちが早い時間であるのにも関わらず、少林寺か太極拳かよくわからない武術の鍛錬をやっていて、志が高いなー、やっぱりこれぐらいの向上心がないと駄目なんだなぁと思って、彼らに手を振りながらビルに潜入して、目的の部屋の中にあったガソリンをヘリのタンクに注入しているところで目が覚めた。今年は飛躍の年。

yymmddで表すと完全に2進数。100101は10進数にすると、37。明けましておめでとうございます。

090222

何してたんだっけ、うらやみつつ、中華料理食べてた。エレベーターに無駄に付いたカラフルなLEDが逆に開発の進む現地を物悲しく彩っているように感じた。ネットカフェは普通に盛況だった。tumblrは見れない。齋藤さんにニーハオとメールした。

090221

朝起きて、支度、新宿に10時半集合、適当に向かってなんとか合流して成田へ。口開けて進んで行く風景を見ていた。小雨振る中高速を走るKANASHIGE TRANSPORTと書かれたスーパーカーの曲名みたいなトラックを見てまるで自分の心象風景のように思えた。15時半離陸、現地時間23時過ぎに中国海南島到着。ホテルで焼きそば的なものを食べるが店員が超トチる。イタ電かけて寝る。

090220

なんか準備に追われる。

090219

ヒップホップ、短歌それぞれに興味を持つ。僕の写真にもそういったものを含めても良いと思った。出発地点として。

090218

終電間際の帰りは、一人だとなんだか感傷的な気分になる。対人距離を侵犯されて乗る電車の、押し付けられた先のドアが1mmくらい開いていて、そのスリットから風景が流れるように見えて行く様子を、何も考えないで受け入れるように見ていた。光は筋とならず、点として消えて行く。家に帰って机に座るとどこかから汽笛が聞こえた。そこまでのシーケンスのすべてが美しかった。

090217

ここにきてまた打鍵速度上がった気がする。右手小指あたりの適当さ加減をそろそろ修正してタッチタイピンマスタ目指す。

090216

企画した旅行のコーディネート的なことをしてた。もう行って来てもらえたら僕が嬉しいみたいなモチベーションに変わりつつあった。

090215

文化事業に対して、税金が無駄遣いされてるという意見って一理あるとは思う。けれど、駆逐されるべきは本当に本当に何もならない何もしていない山師みたいな人たちの活動であってそういったものがあるということは僕も知っているけれど、そうではないものも一緒くたにしてしまうのはどうか。元々文化事業なんて成果がはっきりと見えるものではないし、だからこそ一つ一つきちんと手を抜かず公開されるべきものなんだと思うけれど、福祉みたいな目に見えて「世の中のためになってる」ような事業と一緒に成果主義で進めてしまうのは、収穫までの時期が異なる作物を比べて効率を重視するようなもので。僕は茄子も食べたいんじゃ。中学生がコンピュータで作品をつくろうとしてるところを見たりするそれは新しい希望のようなものに思えたし、そういったまだ見ぬポジティブな現実を作って行くために文化事業とかってあるんじゃないかと思う。とかってことを、子どもの字で「税金のむだづかい」と書かれている作文を見て思った。お前だよ、変に媚びないで、目の前の何かにぶつかってほしい。

090214

新大久保でランチ。通りのお店にプラっと入ったがそんな高くもないし、美味しかった。

ipod touchをなくした。が、捨てたことにする。失せもの出ず、の強がり。大吉のおみくじはレシートと一緒に捨てた。

090213

13日の金曜日、でもそれよりも明日の方が恐ろしいと思うのはしがない男心なのか。なんかふとしたときびくっとなる。

夜半メールいただくも、新宿まで馳せ参ずること能わず、というか間に合わず。PC運んでるときに限って満員の電車、腹に抱えるようにして守る。日中郵送できなかった荷物を、西早稲田にある郵便局から送る。

風が強いが、空気は暖かかった。Growing聴いていたが、待ち望んでいたような音でかなり良かった。風でイヤホンが外れたが、逆lowercasesoundみたいなかんじで日常の音が濡れたアスファルトからこちらへ。クリアに聞こえてくる。

帰宅後久しぶりに同居人たちとゆっくり話す。

090212

オーサリング/mtg、ヘリコプターバンドがあらびき団に出てるのを見る。フィード消化少し。

配列、オブジェクト指向的な書き方、もう少し詰めてやる。

090211

筐体の返送について、連絡あり。思ったより送料が高くつく見込み。それは仕方が無いが、問題はこの家どこにそれ置くのってこと。

定量であるなかで何かを増やすなら、何かを捨てるしかない。決心した。

090210

それほど詰まってないが、別に気が抜ける訳ではないタスク。論文発表をチラリとUstで見る。

夕飯にお好み焼き、次はもう少し美味しいものを食べたい、という欲が少し。舌が肥えてきたかもしれない。

従弟から高校合格の連絡がある。ヘラヘラしてるなー。

潔く柔く、大奥の新巻をチェックした。

090209

ストレスからか、乾燥からか、手荒れがひどくなってきたので、アヴェンヌのコールドクリームを塗った。

帰路の道すがら韻のことを考えていたが、よく考えると僕の住んでいる新宿大久保周辺には僕なんかよりよほど肝を据えてやってる人たちがいて、そういう人とすれ違うたびに、ああ違う温度でやってるんだなぁ、まだまだだなぁと思ったが、別に止めようとかではないが、肌で感じてちょっと襟を正すような。

090208

疲れが抜けなかったので、お湯はって半身浴した。いろいろあったが鎮静した。

サイードのオリエンタリズムを読みながらしばらく湯に浸かっていたが、セレクトを完全に失敗した。それでもある程度読み進めたが、失敗というのは僕自身の心構えというか態度。風呂に入りながら、余暇の休日を利用してガザ侵攻を含めてパレスチナ問題をより考えようとしている自分について。解決すべき問題としてではなく多層的な問題を孕んだコンテンツ/知的ゲームの一貫、知識欲の充足としてそれらを理解するという側面は、多分に消費主義的な態度なのではないか。実際僕自身がそういった問題に真剣に立ち向かうまでのキャパシティはないわけで。・・・という言い方はさすがに言い過ぎだと思うが、そういう傍観者的側面も否めないな、というところで止まり、湯に浸かりながらいまいち進まなかった。知ることは大事だし、そこまで否定されうるものではないかと今になって思う。昨年『パラダイス・ナウ』を見ていたこともあってこういう興味に向かったわけなんだけど。

半身浴自体でリフレッシュはされたものの、自分がそういった複雑な問題、自分の身に余るようなものについて外聞したときに、どのような姿勢でいるべきなのか。他人事のように思えたとしても、それ自体の痛みを自分のものとして想像できるだけの、精神的な余地は残して生きて行くべきなのではないか。それが分かり得ない痛みだとしても、分かり得ない痛みをどのようなものか想像し、追おうとするだけの余地は。解決が困難な社会問題それ自体に向き合う態度について。ソンタグも良心の領界で言及していたと思う。改めて考え直したい。

YCAMでの展示が、無事終了した。ありがとうございました。

090207

六本木、国立新美術館で「メディア芸術際」。一言で”盛況”。例年の3倍くらい人きてるとはどこからか聞いた話だけれど、かなりのにぎわい。六本木という立地の良さもあって(以前は写美だったか)増えてるのかもしれない。

作品自体はインタラクティブなものを中心に見て回った。minimum interfaceで一緒だったダーン・ローズガルデが人の動きを検出してファサードとして連結したファンが回る作品を出してたりしてびっくりした。メディア芸術祭と同時開催の形で、学生CG、先端技術ショーケースと見るもの目白押しで、なかなかのボリューム。企画展というよりも一同に会すようなNOWとかMAX的なオムニバスというかショーケースなので、つまみ食い的な鑑賞の仕方じゃないと処理が追いつかない(コンテキストとかそれこそ通底してる者が見つけづらいところもある)し、それでももう一日がかりで見るのに十分な作品数と必要鑑賞時間が想定できた。印象的な作品や技術紹介も多々あったけれど、大賞の”Oups!”は、実際のアニメーションを見ると、こういうセンスは海外っぽい(日本にはないよなぁ)と感じて、そういう手触りの感じられるアニメーションとインタラクティブの直感的な表現は素直に賞賛できた。こういうテキスト読むと、後からメディアアートの定義ってこういうされ方なのね(現状のありかたとの齟齬は別として)みたいなことは理解できて納得した。

あとはカイバのラフ見れたり。線がやわらかいなぁとか。オープンリールのライブも見れた。パフォーマンスとして、演出がすごく上手なのと、アーカイブとしてのビデオがしっかりと作られていて、クオリティが高かったです。さすがに人が多くて、途中から頭痛がひどくなってきたので、長居せず。キャベツと思っても無理です。

出自や出身が作風や方向性とその限界を規定するというのはあり得て、今回の受賞や出展作品と出自の関係性も考えたりした。出自によって共有される思考法というかメソッド。

人の買い物に付き合う、ファミリーセールって面白い。

090206

社員旅行と、まさか母校への巡礼日程がかぶるとは思わなかった。2週間以上前から楽しみにしてただけに、精神的に腐ったというか、呪った。

090205

引用βのアカウントをakzさんにもらって、招待アカウントをshikakunにあげた。引用は面白いし、独特な言論空間になり得るとおもうので、もっと盛り上げたい。

090204

http://www.iamas.ac.jp/exhibit09/

母校の後輩たちの展示情報が公開。

090203

大友良英のドキュメンタリー『KIKOE』、YCAMでの個展がとても良かったので楽しみにしてる。

http://natalie.mu/news/show/id/13019

090202

ihardlyknowherというサービス、すごくいい。flickrのviewerみたいなものなんだけど、見せ方がすごくシンプルで気に入ってる。

ihardlyknowher.com/takawo

090201

半年近く前の日記をログをさぐりながらまとめようとしてる、あまり意味がないのかもしれない。でもまとめたいと思う。