100101

何事も無かったかのように、このblogも長い未更新の時間分の行間を開ける事もなく、2010年の年明けを綴ることになった。

家賃を払うことができなかったその日、2009年12月31日の23時の帰宅した段階では全く何一つ個人的に、ディケイド云々にも2009年1年間にも区切りはついておらず、当たり前のように、日々の中の1/365の時間の区切られた瞬間を、借りてきたか買ってきたかした本をパラパラと眺めながら過ごしていた。ふと目に入ったiPhoneの時計が00:24を指していたことを覚えている。いつになく夜は静まりかえっていて、それは大切にしなければならないようなものだったのでその過ぎ去ってしまった、09/10の間の瞬間へ祈るように、目を閉じてしばらく遠くで鳴る何かわからない音を聞いていた。

初夢は、芝刈り機のような形状の一人用ヘリコプターに乗って、華僑の住むビルに潜入するものだった、ミッションは全く覚えておらず、どこか後ろ暗い仕事だったような気もする。朝4時か5時にそのヘリでビルの上空を飛んだ時に、彼らの息子たちが早い時間であるのにも関わらず、少林寺か太極拳かよくわからない武術の鍛錬をやっていて、志が高いなー、やっぱりこれぐらいの向上心がないと駄目なんだなぁと思って、彼らに手を振りながらビルに潜入して、目的の部屋の中にあったガソリンをヘリのタンクに注入しているところで目が覚めた。今年は飛躍の年。

yymmddで表すと完全に2進数。100101は10進数にすると、37。明けましておめでとうございます。

090222

何してたんだっけ、うらやみつつ、中華料理食べてた。エレベーターに無駄に付いたカラフルなLEDが逆に開発の進む現地を物悲しく彩っているように感じた。ネットカフェは普通に盛況だった。tumblrは見れない。齋藤さんにニーハオとメールした。

090221

朝起きて、支度、新宿に10時半集合、適当に向かってなんとか合流して成田へ。口開けて進んで行く風景を見ていた。小雨振る中高速を走るKANASHIGE TRANSPORTと書かれたスーパーカーの曲名みたいなトラックを見てまるで自分の心象風景のように思えた。15時半離陸、現地時間23時過ぎに中国海南島到着。ホテルで焼きそば的なものを食べるが店員が超トチる。イタ電かけて寝る。

090220

なんか準備に追われる。

090219

ヒップホップ、短歌それぞれに興味を持つ。僕の写真にもそういったものを含めても良いと思った。出発地点として。

090218

終電間際の帰りは、一人だとなんだか感傷的な気分になる。対人距離を侵犯されて乗る電車の、押し付けられた先のドアが1mmくらい開いていて、そのスリットから風景が流れるように見えて行く様子を、何も考えないで受け入れるように見ていた。光は筋とならず、点として消えて行く。家に帰って机に座るとどこかから汽笛が聞こえた。そこまでのシーケンスのすべてが美しかった。

090217

ここにきてまた打鍵速度上がった気がする。右手小指あたりの適当さ加減をそろそろ修正してタッチタイピンマスタ目指す。

090216

企画した旅行のコーディネート的なことをしてた。もう行って来てもらえたら僕が嬉しいみたいなモチベーションに変わりつつあった。

090215

文化事業に対して、税金が無駄遣いされてるという意見って一理あるとは思う。けれど、駆逐されるべきは本当に本当に何もならない何もしていない山師みたいな人たちの活動であってそういったものがあるということは僕も知っているけれど、そうではないものも一緒くたにしてしまうのはどうか。元々文化事業なんて成果がはっきりと見えるものではないし、だからこそ一つ一つきちんと手を抜かず公開されるべきものなんだと思うけれど、福祉みたいな目に見えて「世の中のためになってる」ような事業と一緒に成果主義で進めてしまうのは、収穫までの時期が異なる作物を比べて効率を重視するようなもので。僕は茄子も食べたいんじゃ。中学生がコンピュータで作品をつくろうとしてるところを見たりするそれは新しい希望のようなものに思えたし、そういったまだ見ぬポジティブな現実を作って行くために文化事業とかってあるんじゃないかと思う。とかってことを、子どもの字で「税金のむだづかい」と書かれている作文を見て思った。お前だよ、変に媚びないで、目の前の何かにぶつかってほしい。

090214

新大久保でランチ。通りのお店にプラっと入ったがそんな高くもないし、美味しかった。

ipod touchをなくした。が、捨てたことにする。失せもの出ず、の強がり。大吉のおみくじはレシートと一緒に捨てた。

090213

13日の金曜日、でもそれよりも明日の方が恐ろしいと思うのはしがない男心なのか。なんかふとしたときびくっとなる。

夜半メールいただくも、新宿まで馳せ参ずること能わず、というか間に合わず。PC運んでるときに限って満員の電車、腹に抱えるようにして守る。日中郵送できなかった荷物を、西早稲田にある郵便局から送る。

風が強いが、空気は暖かかった。Growing聴いていたが、待ち望んでいたような音でかなり良かった。風でイヤホンが外れたが、逆lowercasesoundみたいなかんじで日常の音が濡れたアスファルトからこちらへ。クリアに聞こえてくる。

帰宅後久しぶりに同居人たちとゆっくり話す。

090212

オーサリング/mtg、ヘリコプターバンドがあらびき団に出てるのを見る。フィード消化少し。

配列、オブジェクト指向的な書き方、もう少し詰めてやる。

090211

筐体の返送について、連絡あり。思ったより送料が高くつく見込み。それは仕方が無いが、問題はこの家どこにそれ置くのってこと。

定量であるなかで何かを増やすなら、何かを捨てるしかない。決心した。

090210

それほど詰まってないが、別に気が抜ける訳ではないタスク。論文発表をチラリとUstで見る。

夕飯にお好み焼き、次はもう少し美味しいものを食べたい、という欲が少し。舌が肥えてきたかもしれない。

従弟から高校合格の連絡がある。ヘラヘラしてるなー。

潔く柔く、大奥の新巻をチェックした。

090209

ストレスからか、乾燥からか、手荒れがひどくなってきたので、アヴェンヌのコールドクリームを塗った。

帰路の道すがら韻のことを考えていたが、よく考えると僕の住んでいる新宿大久保周辺には僕なんかよりよほど肝を据えてやってる人たちがいて、そういう人とすれ違うたびに、ああ違う温度でやってるんだなぁ、まだまだだなぁと思ったが、別に止めようとかではないが、肌で感じてちょっと襟を正すような。

090208

疲れが抜けなかったので、お湯はって半身浴した。いろいろあったが鎮静した。

サイードのオリエンタリズムを読みながらしばらく湯に浸かっていたが、セレクトを完全に失敗した。それでもある程度読み進めたが、失敗というのは僕自身の心構えというか態度。風呂に入りながら、余暇の休日を利用してガザ侵攻を含めてパレスチナ問題をより考えようとしている自分について。解決すべき問題としてではなく多層的な問題を孕んだコンテンツ/知的ゲームの一貫、知識欲の充足としてそれらを理解するという側面は、多分に消費主義的な態度なのではないか。実際僕自身がそういった問題に真剣に立ち向かうまでのキャパシティはないわけで。・・・という言い方はさすがに言い過ぎだと思うが、そういう傍観者的側面も否めないな、というところで止まり、湯に浸かりながらいまいち進まなかった。知ることは大事だし、そこまで否定されうるものではないかと今になって思う。昨年『パラダイス・ナウ』を見ていたこともあってこういう興味に向かったわけなんだけど。

半身浴自体でリフレッシュはされたものの、自分がそういった複雑な問題、自分の身に余るようなものについて外聞したときに、どのような姿勢でいるべきなのか。他人事のように思えたとしても、それ自体の痛みを自分のものとして想像できるだけの、精神的な余地は残して生きて行くべきなのではないか。それが分かり得ない痛みだとしても、分かり得ない痛みをどのようなものか想像し、追おうとするだけの余地は。解決が困難な社会問題それ自体に向き合う態度について。ソンタグも良心の領界で言及していたと思う。改めて考え直したい。

YCAMでの展示が、無事終了した。ありがとうございました。

090207

六本木、国立新美術館で「メディア芸術際」。一言で”盛況”。例年の3倍くらい人きてるとはどこからか聞いた話だけれど、かなりのにぎわい。六本木という立地の良さもあって(以前は写美だったか)増えてるのかもしれない。

作品自体はインタラクティブなものを中心に見て回った。minimum interfaceで一緒だったダーン・ローズガルデが人の動きを検出してファサードとして連結したファンが回る作品を出してたりしてびっくりした。メディア芸術祭と同時開催の形で、学生CG、先端技術ショーケースと見るもの目白押しで、なかなかのボリューム。企画展というよりも一同に会すようなNOWとかMAX的なオムニバスというかショーケースなので、つまみ食い的な鑑賞の仕方じゃないと処理が追いつかない(コンテキストとかそれこそ通底してる者が見つけづらいところもある)し、それでももう一日がかりで見るのに十分な作品数と必要鑑賞時間が想定できた。印象的な作品や技術紹介も多々あったけれど、大賞の”Oups!”は、実際のアニメーションを見ると、こういうセンスは海外っぽい(日本にはないよなぁ)と感じて、そういう手触りの感じられるアニメーションとインタラクティブの直感的な表現は素直に賞賛できた。こういうテキスト読むと、後からメディアアートの定義ってこういうされ方なのね(現状のありかたとの齟齬は別として)みたいなことは理解できて納得した。

あとはカイバのラフ見れたり。線がやわらかいなぁとか。オープンリールのライブも見れた。パフォーマンスとして、演出がすごく上手なのと、アーカイブとしてのビデオがしっかりと作られていて、クオリティが高かったです。さすがに人が多くて、途中から頭痛がひどくなってきたので、長居せず。キャベツと思っても無理です。

出自や出身が作風や方向性とその限界を規定するというのはあり得て、今回の受賞や出展作品と出自の関係性も考えたりした。出自によって共有される思考法というかメソッド。

人の買い物に付き合う、ファミリーセールって面白い。

090206

社員旅行と、まさか母校への巡礼日程がかぶるとは思わなかった。2週間以上前から楽しみにしてただけに、精神的に腐ったというか、呪った。

090205

引用βのアカウントをakzさんにもらって、招待アカウントをshikakunにあげた。引用は面白いし、独特な言論空間になり得るとおもうので、もっと盛り上げたい。

090204

http://www.iamas.ac.jp/exhibit09/

母校の後輩たちの展示情報が公開。

090203

大友良英のドキュメンタリー『KIKOE』、YCAMでの個展がとても良かったので楽しみにしてる。

http://natalie.mu/news/show/id/13019

090202

ihardlyknowherというサービス、すごくいい。flickrのviewerみたいなものなんだけど、見せ方がすごくシンプルで気に入ってる。

ihardlyknowher.com/takawo

090201

半年近く前の日記をログをさぐりながらまとめようとしてる、あまり意味がないのかもしれない。でもまとめたいと思う。

090131

世界を複雑化させるために生きてるという確信じみたものがある。うまく伝わるかどうかわからないけど、思ったことを残しておきたい。インクの黒い沁み。新宿紀伊国屋に置かれた、ぼろっぼろのハンス・アビングの「金と芸術」の、何かその内包されるテキスト以上に物語るような、かすれた佇まいがそこにあった。

鍋。

090130

雨が降っていた、地下鉄とバスはメガネが曇りやすい。

090129

メディアに対する自分の感覚なんて、適当でいい、というか曖昧でいいし、それぐらい移り気なものであって良い。毎秒更新されるような、そこだけは知識に頼るのではなく、皮膚感覚のようなものであってほしい。

090128

このときはまだ環ROYのこと、良く知らなかった。今は良く聴いてる。

090127

そのときそうだと思って疑わなかったものでも、3-4ヶ月経つと認識がひっくり返ることが多くある。で感覚を信じてそれを揺さぶることも大事なんだと思ってる。何かに対して自分がどう思うか。そこが起点になる。

090126

他人の夢の話を聞いて、自分の夢のことを思った、なかなかそういうことはないのだけれど、夢の構造が似通ってる人というのはいる。過去の体験や、記憶に焼き付いているもの、物事の受け止め方だったり、何か近しいものがあるのかもしれない。

090125

朝食を食べて、秋吉台へ。雪がすごい積もる合間から見えるカルスト台地。年に一回の大雪と、battles。秋芳洞は雨でひどいことになってるんじゃないかってことと、時間もあまりなかったので、すり抜けて、spongyへ行くがあいにく店が閉まってる。薄いカーテン越しに見える店内の品の良さ。山口の商店街の町並みは情緒があって落ち着く。温泉に入って宇部のギャラリーに足を運べたおかげでspongyの作品も見れた。斜め向かいの魚屋で連れ立ったその人が月渡り蟹を3杯購うのを見ていた。市場の脇の寿司屋で昼食、レンタカー返却してフライト、東京へ戻った。