体調も次第に回復、おかゆはさすがに飽きたので、スープパスタへ。だいたい公開講座、doneした。ベッドで観てなかったTOY STORYを観てた。
静養。とはいえ、なんだかんだでメール攻勢。布団の中から来年度の公開講座に向けてメール送りまくるというか、着任してこっち、一番メール書いたかもしれない。体温は、37-37.5度くらいの間で行ったり来たり。
内原さんのボパールでのレクチャーは、完全にダウンしていて見れなかった。tumblrで翌日写真をチェック。
病院に行くと、風邪?みたいなことになるけど、検査をお願いしたら「新型のインフルエンザ」とのこと。鼻に綿棒みたいなのを突っ込まれて悶絶後の泣き。待合室で具合が悪くなるということはあり得る。あと処方箋もらう薬局のおじさんとのトークが、向こうがキャッチボールしようとどんどん投げてくるから弾んでしまったんだけど、僕今保菌者ですよっていう。バックエンドでミーティング。ほとんど頭に入ってこない。御迷惑おかけいたします。
熱が39度近くあったのでメールして休む、風邪薬飲んだりして静養してた。-20度まで耐えられる寝袋を引っ張り出さなかったらかなりヤバかった。夜中汗かいてTシャツを2回着替える等。
7時に起きて、露天風呂入って、8時にチェックアウト、乗合タクシーで出発、ホテルで朝食食べてる時間なかったので、空港でモーニング食べて、フライト。
最近は移動でESLポッドキャスト聞いてる。というか、今年の目標の一つが、耳をフレッシュに保つこと。移動中に「フェルマーの最終定理」読了。面白かったので暗号解読への流れ。
前日のハングオーバーかと思ってたら、悪寒もしてきたので、AMCに午後出勤するも、この日は結構すぐ帰る。
昼前まで寝て、支度して、ハローズで昼食食べて、クリームコロッケで口内火傷した。こういうの、好きでしょ?みたいなつつかれる感じのお店。
14時からc-filmed関連のイベント。
飯名さんのトークは文字通り映像をジョッキーしていくスタイルと合ってて軽妙で、持って行かれるというか面白く見れた。所謂ミュージックビデオにおけるダンスとダンスビデオ作品の、それぞれが持っている性質は似てるんだけど、両者がどう共通でどう違うかという考察はもう少しきちんとあったほうが良かったような気がした。ミュージックありきのビデオではない以外にも、昨日書いたような、映像言語みたいなものがあるとしたらダンスの言語もあると思う。あと、なんかリファレンスとして良い物見せ過ぎてて、それ自体は賞賛されるべきなんだけど、そこに関してはイベント全体の構成も気になった。
作品上映、やはり良かった。最後のシーンはやっぱり思い出深いのもあり、あれが入っていてすごく良かった、というのは完全に私情が混入しているけれども。
YCAM側の取り組み方がとても勉強になった。今この時代に、地域や社会に向けて作品を制作して発表する、その意義みたいなものについて真剣に議論が重ねられて、その上でこういった作品が丁寧に作られているというのはすごくいいことだと思うし、一方で、アーティストの意向と施設の方針というか、その擦り合わせみたいなものもあった(んだろう)と思う。白井さんの現状のメディアに対する態度は積極的、というよりは議論を重ねた上での合意としてあって、今回の作品の展開、特にwebで公開することについてやUstreamにも「ちょっと嫌だった」みたいな発言がゲストトークの中であったりした。そこは逆に”体張ってる”ダンサーだからなんだろうなとも思えたし、素が見えて面白かった。即興性も含んだ身体表現を固定化させたい、そうすることが完成であり、パフォーマンスとは違う映像作品の価値なのでは、というような考えなのだと推測した。そういう部分を引き出しつつ、北野さんとのトークはまた別の興味深い点がいくつもあって、トークの時間が多角的な内容に対しては圧倒的に短かったように思う。補完するようなインタビューがテキストに起こされるらしいので、非常に楽しみにしている。
実は具合が悪くなりだした兆候があったのが、上映会のタイミングだった。なんか保菌者がいたのかもしれない。
夕方まで教育普及のsuliuと打ち合わせというか仕事。8時にタクシーで鞍山。あの独特の形状のグリルで焼肉。玉ねぎの上に肉を乗せる流儀。美味しかった。そのあとハブ行って、生のワイン飲みながら京都と島根のやんごとなきやんごとトーク。ヤバかった。魑魅魍魎。
3時くらいにホテルに戻って支度して、寝る。泥酔。ポカリ探してホテルさまよう。
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今回のプロジェクト「Choreography filmed: 5days of movement」による新作映像発表には、5月から12月くらいまで、プロジェクトに関わらせていただいてました。一部WebやUstream配信、映像技術について担当させてもらって、意見交換したり、動いたりしていました。こういうふうに外部とか関わりながら色々と考えられるのが今の立ち位置としていいところなんだろうなと思ってます。お誘いいただいた、YCAMの丸尾さん、竹下さん、塩見さん、ありがとうございます。引き続きよしなに。
下記のサイトから、
1)今回上映したフルレングスの完成した作品
2)編集段階で検討され使用されなかった別テイク(つまり本編の完成作品と、検討テイクの比較、それによるダンサーの身体の動作の違いを同時再生して観れる)
3)すべての編集検討カットのインデックスでの参照、各テイクをノーカットで。
が閲覧できます。
ひとつのプロジェクトのアーカイブとして考えても面白い、はず。
是非観て、感想とか会ったときでもメールでもなんでもいいので教えてください。
*/
7時起き、P.S.Gの愛してますインストバージョン聴きつつ、7時30分出発で余裕のはずが山手線人身事故の都合でトラブル、大慌てでともかく新宿駅まで行ってりんかい線直通からの天王洲アイルからの羽田空港第二ターミナル、鼻の差でチェックインの搭乗。息切れまくった。
12時過ぎにはYCAM到着、挨拶済ませて情報制作課でのんびりしつつアンコーラでパスタセット食べる。うわー。nabetanneと話しているとどうも配信してる体で話してしまう。chanmaruさんとはついメディア談義。
15時過ぎからのメディア・キッチン vol.3「間取りの文法 ― 生活を映すイマジネーション」に参加。なんていうか、来場のお客さん面白い。質問がなんだか微温っていうか、もっと私の人生にコミットして下さいみたいな至近距離なんだけど質問した当の本人も当の人生についてはそんな真剣に考えてなさそうというか、アズタイムゴーズバイな言葉の軽さ。ペラペラしてるのがペラペラ饒舌な。終わってバラシを手伝う。
ワークショップ自体は同席した年配の男性の方とつんちゃんと間取りの話するんだけど、もう精神分析の領域だと思えるくらい、なんか的確というか浮かび上がってくるものがあって、個人的にはすごく良かったし、多分パートナーの2人との関わり方も良かった。それでも部屋の間取りや家具の配置から家族関係とか読み解ける。間取り書かせるのはロールシャッハ・テストより有効だろう。箱庭療法を経て脳内建築家へ。
18時からc-filmedの試写、想像と違った。そのことがとても良かった。ダンスというかもっと根本原理として、体の動かし方と映像、言葉にできない領域でのそれぞれのマナーのようなもの。でも各々には論理はあって、それらが共通の言語として織物のように組上がっていくということに、痺れた。
教育普及の皆さんと四つ葉のクローバーで宴会、ビートルズばっかりかかってるわけではない。途中からchanmaruさんたちも合流して軽く飲みしだいて、suliu宅に泊めてもらう。PS3 as ゲーム機。格闘ゲームは強いけどFPS下手。なかよし団の冒険、読みながら寝る。コレ、去年読んでたらベスト。剛速球のゴムボールがグニャグニャ曲がるような面白さ。
g-i-f新年会@新宿。電源と無線LANが常備ということだけで選んだお店だったけど、あいにくサッカーの日本対カタールとかち合ってしまって、歓声がうるさく遠隔ミーティングが出来ず。出来ないわけじゃないけど、滞る。楽しかったけど。ギリギリまで粘って下のカフェでミーティングして、ラーメン食べて帰宅。ホント、guysとか言ってられないっすよ。
適当に翌日の支度して就寝。
新年会に向けて、仕事。PS3で映像再生させたいと学生が買ってた。なんかIAMAS時代、tmkigと一緒にスキップシティで上映したときにPS3の上映やったの思い出した。僕らは個室っぽく仕切られたところで、ひらけた広いところで小町谷さんが計算する絵画展示してた。当時一回EDIUSのプラグインみたいなソフトでオーディオファイルとビデオファイルを結合させないといけなかったんだけど、今はもっとある気がした。FinalCutPro>共有あたりから。ちょっと試してみたい。
st44100の長文が読ませる。さすがtacwonさんが認めただけある。
夜中まで情報整理。整理ではダメなんだ。書き換えろ。
このあたりでも調子が一旦悪かった。大量の米粒が一種の拷問のように思えた。スプーンは素晴らしい。箸使ってる東洋人は宇宙人からみたら変な慣習に見えるんだろうな。道具に自分を矯正するような。でもそれに美しさを覚えたりもするんだから。HTML5のTシャツが欲しくなっている。ほしいTシャツがいっぱいある。
気の利いたイギリスかイタリア製のジャケット、こぎれいめのシャツや尖った靴より、質のいいグレーのパーカーやちょっと調子のおかしいTシャツの方がほしい。足元はNew Balanceのスニーカーかポンプフューリー。アフターザッウェアリンオンシャカシャカ、ヤノマスティーロ?
フィジカルコンピューティングの授業、小町谷さんが調光デバイスを持ってきてくれて見せてくれる。MIDIで照明のディマーと、あとはリールが稼働して、電球の位置が上下するというもの、8ユニットくらい。の制作のお手伝いをした。夜は別件でskype打ち合わせ。遠隔での仕事が増えてきた。skypeの隠しエモーティコンを覚える。
st44100とサイバーパンクみたいなブレストを進めていた。あとで妄想が尾をひくようになる。とりとめがなさすぎて収束しない。小説に向かうならそれもいいだろう。
昼から夕方まで仕事していた。
それから、内原さんと高岡さんと会い、新宿でコーヒー飲みながらお相手していただく。なかなか僕自身も写真の話を面と向かってする事自体が多くもなく、また最近にいたっては「写真の人、っていう認識でいいの?なんか違うと思うんだけど」などと言われたりする始末なので、よくわからないというか、まぁそういうのは他人の認識の話なので、どうしようも拭いがたい話だし、割とどうでもいいことだと思っている。
要は、タグ付けの話。あるURLに対してソーシャルブックマークでいろんな人がタグ付けして好き勝手分類するんだけど、そういう分類で、対象が今問題をどう捉えているかだったり、その対象の今後の行く末なんてものを追跡可能な訳がないだろう。視点も視野も視座も違うんだから。何が言いたかったんだっけ。
とにかく長い時間、写真の、イメージの話が交換できたのがよかった。夜風が冷たすぎたので、ちょっと小走りで帰った。
濃縮のレッドブル飲んで仮眠1時間。作業すすめる。もうほとんど忘れかけていたPHPを勢いで書き殴る。マークアップに毛が生えた程度。
寒かった。というかこれからずっと寒いんだろう。シャカシャカ着ていても寒いんだから日本は寒い。全然脈絡ないんだけど、「シバリング」と「しばれる」は関係があるのか?しばれます。
新宿バルト9、映画「ソーシャル・ネットワーク」観る。主役ゾンビランドのひとだ。まぁ、それは置いといても。なんていうんだろうか。本当に会話劇と言えるような、言葉の量、冒頭のカップルの掛け合いもヤバい、一気に速度で持っていく。演技うまいと思う。
一方、ヴィジュアルで見せ場みたいなものが、なんだか少なくて(PCぶっ壊されるところくらいか、あとあんまりアメリカの大学事情とか詳しくないのでよくわからないボートシーンとか)、とにかく誰かと喋るか、コンピュータに向かって喋っている。後半の展開すっ飛ばした感じ。圧倒的に非身体で非同期で向かいつつある個人と個人のコミュニケーション。どれだけ多くの人と結びつきをつくろうと、本当につながりたい極少数の誰かと自分の間には埋めがたい断絶があったりする。そんなことばかりを思い出してしまう季節でもあるよな、冬は。空気は乾いているのに。何か探し出してF5を押してしまうような。
ほんの数時間前に書いたブログを読んだ友達が心配して部屋を訪れるところが、なんだか象徴的で、冒頭ながらグッときた。同時代性もあり、友人には観てほしい映画だと思う。
自転車屋のブルーラグにも行った。リュックのカスタムオーダーやってるみたい。サドルにはかせるパンツみたいなものの扱い、というかその意味性について、コーヒー2杯分の議論。ミル・クレープが甘ったるいが、あれは皮が主役だろう。
今年始めのUstream for 特論。
毎回なんやかんやで、ビデオやオーディオのテストを重ねつつの配信やってるんだけど、セッティングの時間が正味1時間もなかったりで、毎回アタフタしてしまう。なかなか難しい。今回はH2でマイクの音ひろおうとしたんだけど、ゲイン上げすぎなのか、周辺のノイズ拾いまくったりで失敗。
ポータブルなオーディオミキサーかませるほどじゃないような気もしていて、結局デフォルト的なDVのビデオ・オーディオを配信に流す。講義の内容はとても刺激的だっただけにもったいなかった。
21時からプロジェクトミーティング、こちらも回線のトラブルもあって、議論の内容は面白かったものの、ビデオログがうまくサーバー上で記録されてなかった。よく考えたらiShow U HD使えば、Ustreamで配信で帯域細らせながら記録取る必要も実はなくない、なくない。
朝からカレー。
業務はプリンタ稼働、昨日からの続き分を用紙交換しつつ出力。ここのところ出力依頼が多くて、なんやかんやで時間がかかる。昼頃ショーケンさん来校、来年度の授業打ち合わせ。初代と二代目のメディアゾンビがそろい踏みで実写映像演習やることになる。合間、黒川先生のスケルトン・ドミノ展を観に行く。
学生から「ブログ、読んでますよ。あれって〜」と面と向かって言われて凍る。
頼まれていたことで昨日今日と日程調整を進めていたんだけれど、調整力不足のため破綻。
乾燥肌がひどい。今年度に入ってからだから、加湿器がないのが効いてるのかなと思う。そのへんの出来はあんまり繊細になりたくないと思うのだけれど、乾くと痒くなってくるのでつらい。
iPhoneの同期が終わらない。今年に入ってから、Smart.fmが続いている。細々とした時間を埋めるのに良い。iPhoneアプリも買った。
学生がひっきりなしにきては、質問やら対応を求められたのでそれに終止していた。午後、レーザーカッターの故障していたので、そのメンテナンスに業者さんに来てもらって手入れしながら話を聞く。原因としてマザーボードがショートして壊れていた。7-10日位で交換パーツが届いて、そのタイミングで講習会(経験者向け)をやることに。質問をまとめておくこと。
あとは、FileMakerPro関連の書籍を公費で購入してもらったので、なんか背中を押されているような気分になる(日本語がおかしいのは分かっている)。助手業と言えばDBでシステム構築くらいするしそれくらいのスキルは必要なんだろうなと思うので、これからやってみる。なんだかんだ2-3月はオフ気分でいたけど、割と忙しそうな気がしてきた。
出力したいデータが変で、閉室までにどう考えても出力できないんだけど、出力できなかったら卒業できないみたいな話になると、これは対応せざるを得ないのかみたいな空気になってややこしい。結局どうしようもなかったので他の仕事もしつつ対応。このへんガイドラインを作らないとなと。個別対応で済まなくなるというのはあるなぁと思う一方、そういう時間に学生と色々と聞くのは楽しいので悩ましい。
帰宅後Skype打ち合わせ。時計が15分進んでいるとさすがに遅刻しないな。
全然関係ないけど僕の中でローラーガールズダイアリーのエレン・ペイジはつんちゃんです。なので、観ていてめちゃくちゃ癒される。
二進数、前も同じようなこと言ってたな。
帰宅後、カレーを作る、料理は結構久しぶり。プログラミングと料理のスキルは相関がある、みたいなことは検索したらちらほら議論が出てくる。普通に自宅で金がなくてやる、みたいな背景はあると思う。
肌がガッサガサに乾燥しているのでコールドクリーム塗ったりしていた。合間にサイモン・シンのフェルマーの最終定理買ってコツコツ読んでる。金はなくても本は買う。寝る前に、まともな文章書いても仕方がないな僕は、と思ったのを起きても覚えていたのでここに書く。
本気目で書いた記事が消えたので、キーワードだけ。気が向いたらまとめる。いいブログエディタないかな。WYSIWYGの画面とコーディングの画面、ブログエディタ(ecto)やウェブの投稿画面でも行き来してると消えたりすると、かなり萎える。
■最近観た
- 500日のサマー
昔の古傷みたいなものをえぐられるようだった。別に悪者にするわけじゃないけど、こういう女の子の事好きだった時期はあったので。童貞マインド回帰。
■これから観たい最近の映画
- トイ・ストーリーシリーズ
- ウォーリー
■古くても観たい映画
- DOGTOWN & Z-BOYS
- カル
- ヒッチコック作品
- スターウォーズシリーズ
まだまだある。
つくば時代の同級生というか付き合いのあった人たちと新年会を秋葉原で。一軒目は掘り炬燵っぽい体で実は掘り炬燵じゃないおしゃれ目な居酒屋。二軒目はドア近くで出入りのあるたびに空気が冷える養老乃瀧。帰り際でコーヒー飲めるところがなくてマックで飲んで新宿から歩いて帰宅。
酒飲んでるわけじゃないけど、酒量減らそうかなぁと帰り道考えてた。興味ややりたい事自体が増えていて、それに費やしたい時間も増しているのにアルコールで人と会ったあとも酩酊して何もできない状態っていうのが結構辛い。というか精神衛生上よくない。
まーた付き合い悪いな、いまどきの草食系が、みたいなこと言われかねないことなんだろうけど。というか、個人的にはお酒も好きだし、それで円滑になるコミュニケーションがあることもわかるんだけど。同じような方法論だと同じようなものしか生み出せないというような実感はあって、一方で普遍的な関わり方とかそういうものも尊重したいとも思っていて、じゃぁどこを変えて、どこを変えないかというのを考慮した結果、酒を伴うコミュニケーション自体は削減というか遠慮してもいいような気がしてきた。そんなに器用な方ではないし。
ともかく、自分が酒飲まないとかではなくて、もう少しアルコールとの付き合い方を考えても良いよなと。ヘパリーゼ飲んで肝臓強くして来るべき決戦に備えるみたいなのは、個人的に向いてないよ。
あ、待ち合わせ前に、JavaScript: The Good Parts —「良いパーツ」によるベストプラクティス 、購入。
早めの時間に起きて、なんとなく人間的な暮らしを。スーパーに行って食材を買ったり、洗濯したり。
夕方から、去年春から始まっているプロジェクトのミーティング。Skypeのグループ会議のログをCamTwist + SoundFlower(2ch) => Ladiocast=> SoundFlower(16ch)に入れてPASS付きのUstream番組に送るビデオログを最終的にmp4でダウンロードして簡易ビデオストレージに。回線速度は要求されるものの、見返しても実用には足る感じだった。フレームのなかの自分は、やけに書記みたいな顔をしてる。
1101記法にも慣れた。朝からPagesで書類作成。
レーザーカッターの手入れ。正面の開口部分(排気のための吸気窓)にカットした紙や木の破片が大量に挟まってる。2-3ヶ月でこれっていうのは結構考えものだ。メンテナンスの方法(月1-2日はメンテナンス日を設けるとか)、もしくは利用に際しての規制を考えた方がいいのか。
レーザーのヘッド部分をネジ外してバラしてみる。UFOキャッチャーみたい。位置制御のためのエンコーダーとして透明なフィルムが入っていて、そこの読み取り面が汚れていて、移動距離の把握が出来ていなかったっぽい。綿棒にクリーナー塗布してきれいにする。ネジがなくならないコツは、ネジの取り付け取り外し時の作業中に、他のことをしないことだ。話しかけられてもあとに回すこと。一時が万事。
結局、調子が悪くなったのか、電源を入れてもレーザーカッターのOSが起動しなくなる。12日の業者さんがくるメンテナンスを待つことに。
来年度、職務上は配置換えではないけれどローテーションになるっぽい。それ自体良いことだし、授業にも助手として関われるのはとても良い。一方、現場のタスクと仕事量をどう効率的に振り分けれるか。誰が何を担当して、どこをどう共有しておくのか、責任の所在、そのへんをはっきりさせておかないと悲劇が生まれそう、というか巻き込まれそう。ので、1月は業務のドキュメント作成を急務とする。
帰宅後、シークレット・サンシャインを観る。最近韓国映画観てて秀逸な撮り方多いなぁと思うんだけど、それって、韓国の人たちが共有している文化的な背景というかコモンセンスを理解できてない結果、かかったバイアスでリアリティに関わる情報(些細な、街頭演説の神父の立ち振る舞いに対して知っている人が感じるちょっとした違和感とか、あるかないのか知らないけど)がフィルタリングされた結果、余計そういった映像言語の構造が把握しやすいってことなのかな、などと思った。なんだろう、きっと、もっとあるんだけど。ともあれ、コロコロ表情というか雰囲気が変わる女の人、苦手、っていうか怖いと思った。あと、ソン・ガンホが赤羽さんに似てる。
全く関係ないけど、部屋とiPhoneの時計、15分進めた。ギア比、変える感じで。
学生対応。卒業制作の時期だからか、技術的な質問多かった。レーザーカッター稼働しないとやけに静か。代わりにというか、カッティングプロッタが盛況。故障の掲示は急遽QuickSilverでLarge Typeしたものをスクリーンキャプチャしてプリントアウトしといた。さまになってると思うし、早かったので掲示物のフォーマット、以後それにしようと思う。映像ケーブルの整理、D-SUB15 PINってVGAの映像信号の場合、4ピンしか使ってないんだな。
Zen-Codingのチートシート見てた。WP Zen-Coding 0.2.1、インストールした。
夜打ち合わせ。3人の西遊記みたいなメンツに、今年の抱負を問い詰められる。具体的すぎていろいろ言えない。ラリラリラー。
上の記事、今置かれている状況について示唆的だと思った。世界を記録し再生(play)させるメディアについて、先に進むためにもう少し深く考えたい。
初仕事。新年の挨拶から入る。ぎこちない。あー。
久々というのもあり、なんか学生対応に終始。
レーザーカッターが不調というよりも、ヘッドの制御が出来ていない感じ。業者と連絡とってメンテナンスが入るまで休業。年賀状の返礼、つくろうと思ってたんだけどな。
暮らしの中で、佐々木中の「切りとれ、あの祈る手を 〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話」を読んでいる。装丁を大学院の先輩、インターメディアのトライアル世代たるrokazさんがやってる。内容とバッチリ合ってる。語り口調なのもこう、入ってきやすい、夜と相性がいい。
16歳から17歳にかけての半年間くらい、人と口をきかなかった時期があった。そうした理由については、家族や友人と自分の間に折り合いがつけられなかったこと、亡くなった父親への感情に折り合いをつけようとしたこと、うまく繋げればもう幾つかあるような気もする。けど、とにかくあのとき、ただ図書館と借りた本だけが心に在った、あのボンクラ時代に、本や文学というものに対して感じていたあの喜びと畏れについて思い返した。写真を始めたのもあの頃だ。
この本の中で語られている、全知全能の自己を目指して情報をあくせく摂取するような、堕落した生き方の指摘とそれへの痛烈な批判は耳が痛かった。でも、そのうちどうにか、今のやり方で、堕落と退廃の夜を乗り越えるんじゃないか、と思う。ただの予感だけど。
情報のはらわたが赤く咲き散る前夜。art of fighting.
釣具屋にいって、ショアジギングの諸々を買い揃えた。
昨夜から朝にかけて、母なる証明を観た。TSUTAYAでDVDを借りまくった余波。
母なる証明は、小さな町で起こった女子学生の殺人事件の犯人としてトジュンという知的障害を持っている男が容疑者として身柄を拘束され、その男と一緒に暮らす年老いた母が、ひとり息子の無罪を晴らすために捜査に乗り出すというストーリーが大枠としてある。設定そのものが他人ごととは思えなかった。良し悪しでは測れない、ただ映画というものが、ここまで感情に介入してくるのかと、そこに驚嘆した。僕は観れてよかった。
というのも、僕の弟は脳性麻痺による知的障害を抱えていて、実家で母や兄家族と暮らしている。トジュンほど軽度の障害ではなく、歩いたり食事をしたり着替えたりはできるが、言語を使ってのコミュニケーションはできず、意志の疎通はもっぱらこちらから語りかけ、弟がそれを理解しうなずくようなやり方だ。僕が語りかける内容は、なんとなく理解しているようだ。
どうして急にこういう話をするのかと言うと、そろそろ、何がきっかけであっても、こういう兄弟の話をしても良いなと思ったからだ。話をしてこなかった理由としては、同情されたくないから、具体的な話をしないほうが円滑に進む人間関係だってあるから、自分自身整理がついていない事柄について話をするのが嫌だから、などがある。もっと言うと、知的な障害を持った弟がいることを明らかにすることで、芋づる式に僕の家庭や僕自身が抱えている問題のようなものも同時に明らかにされなければならない、というような、一種の強迫観念めいた心境さえあった。
きっかけは分からないが、口にしないこと、口に出来ないと思考に蓋をすること、お茶を濁すこと、そうすることで弟の存在を暗になかったことにしていること、世間一般の価値基準に照らし合わせて、弟の障害をどこか後暗く思っていること、自分のあったはずのアイデンティティを否定していること、に、気づいたというか、薄々気づいていたことに再度直面したのが、昨年の割と大きな出来事だった。
なんとなく感じていた、話の矛先を変えるために言葉を吐き出そうとすればするほど感じる、喉の渇きにも似た感覚。確かめるようにその感覚を追った時期は、なんだか生きていることが息苦しく感じられた。
後暗く思っていること、と、書いたが、今もというか、心からそう思っていたわけじゃない。弟は、どうあっても僕にとっては大切な兄弟で、片割れで、分身のようで、文字通りのピュアで、時にチートするほど邪悪な、清濁を持ったひとりの人間で、彼と過ごす日々が僕を、兄と弟の中間子である僕のアイデンティティを完全に規定してくれたと思っている。皮肉でも、責任転嫁でもなく。
それをよく知りもしない誰かに傷つけられたくなかった。
僕ら兄弟に少しでも会った人にはわかると思う。一緒に時間を過ごしたことで、僕は彼ら2人によってこうあるべく育てられた。言葉ではないもので成立した時間。そのことを本当に誇りに思っているし、大切にしたいと思っている。
あんまり重くなるように書きたくなかったので、これくらいで。韓国映画に自己を丸裸にされる日々だ。代えがたい。ローラーガールズ・ダイアリーも観た。
ヒックとドラゴン、息もできないを観た。息もできないは昨日の夜中に1度、今日の夜に2度目を。
実家に帰れていない精神状態もあったかどうかはわからないけれど、言葉になる前の、原型の感情のようなものを暴力として飛礫のように画面越しにぶつけられているような気がして、ずっと画面で起こる出来事から目が離せなかった。何かとても苦しかった。暴力描写や緊迫したシーンで使われる印象的なクローズアップのカットや、街中の盗撮するような手持ちのカットも、作品にあっていて、素晴らしかった。漢江のシーンは、これからずっと僕は人と話すと思うし、話したいと思う。家族に会いたいと思った。
DVDの特典映像で入っていたヤン・イクチュン監督のインタビューの中で紹介されていた、台湾の映画監督ホウ・シャオシェンが言っていた「考えというものは水に流されてしまう、考えを岩に刻め」、つまり考えを形にしろ、という話が印象に残った。というか、観終わってメモとして書き留めた。
去年観ていたら、去年のベストだっただろうと思う。今観れて良かった。
新年会のお誘いがあったが、寒さもあって、いまいち体調がすぐれなかったので、上みたいなことをして家で過ごしていた。餅が食べたい。
今見たら、シネマライズでアンコール上映。行かない選択肢はない。
12/29 ノロに罹って、帰省見送る。
12/30 復調し、新宿で軽く飲んで、Maltine Year End Party @ WOMB LOUNGE行った。
12/31 本調子に戻って、年越しの準備してた。TSUTAYAで去年見たかったDVD借りたり。そばは食わなかった。
年越しは借りてきたDVDみながら。インビクタス、(500)日のサマー、ヒーローショー。どの作品も、本当に、とても、良かった。刺さった。
漫画は孤高の人、WORKING!!。孤高の人はなんか山登ってないっていうか怖いところまで来ている。生々しくていい。ワーキングはそのちょっときつい濃度を薄めてくれた。
去年は前働いてた会社の仕事引きずってて、年末年始ずっと働いてたし区切りもあったもんじゃなかったし、ここ数年、年を越す時の準備不足がたたって綺麗に行く年来る年がMIXできてないっていうか、うまく新年にソフトランディングできてないような気がしてた。
適当に日々を過ごしがちで、年とか年度とか、区切りの感覚って重要な気がしていて、だから、今年は12月に入った頃くらいからこまごま気を使っていた。どういうことかというと、新年の目標は前年にまとめておく、最低限の掃除はしておくようにしよう、みたいな当たり前のことなんだけど。フィード世代が何言ってんだみたいのはあると思うけど。
何かを効率よく、且つバランスを保った状態で成し遂げようとすると、結局先人の知恵に行き着くみたいな所はあると思うけれど、かと言って過去を参照することや伝統を盲信もしたくないという、我ながらやっかいなアティチュードで2011年。今年は技術と知識と皮膚感覚に捧げて、手探りと生傷が絶えない日々としたい。いい加減に、うかうかしてられない。でも足取りは軽く、今年もよろしくお願いいたします。
仕事終りに、上野の龜屋で鰻をyamawalkerとtzibと一緒に。サオリリスという単語を聞きながら老舗の鰻を食べるのが格別だった。帰路は自転車で。自転車に乗るようになって、だいぶ生活が変わった気がする。映像論序説をベッドサイドに。
雨がしとしとと降る入学式。yamashirodaisukさん他皆様入学おめでとうございます。
昼飯食べて、チロとジブさんと門前で写真撮ったとき、セブンイレブンの店員さんにシャッター押してもらった。nanacoカードでも作らないかん気がした。
とりあえず固められるやつから固めた。なんとなくオープンできる。大判プリンタは手付かず。
イコライザ つまみを落として それでもと 伝え続ける 声なき声を