090208
疲れが抜けなかったので、お湯はって半身浴した。いろいろあったが鎮静した。
サイードのオリエンタリズムを読みながらしばらく湯に浸かっていたが、セレクトを完全に失敗した。それでもある程度読み進めたが、失敗というのは僕自身の心構えというか態度。風呂に入りながら、余暇の休日を利用してガザ侵攻を含めてパレスチナ問題をより考えようとしている自分について。解決すべき問題としてではなく多層的な問題を孕んだコンテンツ/知的ゲームの一貫、知識欲の充足としてそれらを理解するという側面は、多分に消費主義的な態度なのではないか。実際僕自身がそういった問題に真剣に立ち向かうまでのキャパシティはないわけで。・・・という言い方はさすがに言い過ぎだと思うが、そういう傍観者的側面も否めないな、というところで止まり、湯に浸かりながらいまいち進まなかった。知ることは大事だし、そこまで否定されうるものではないかと今になって思う。昨年『パラダイス・ナウ』を見ていたこともあってこういう興味に向かったわけなんだけど。
半身浴自体でリフレッシュはされたものの、自分がそういった複雑な問題、自分の身に余るようなものについて外聞したときに、どのような姿勢でいるべきなのか。他人事のように思えたとしても、それ自体の痛みを自分のものとして想像できるだけの、精神的な余地は残して生きて行くべきなのではないか。それが分かり得ない痛みだとしても、分かり得ない痛みをどのようなものか想像し、追おうとするだけの余地は。解決が困難な社会問題それ自体に向き合う態度について。ソンタグも良心の領界で言及していたと思う。改めて考え直したい。
YCAMでの展示が、無事終了した。ありがとうございました。